2013年01月27日

長尾大隅守一族の墓を訪ねて

ええとこに、案内してあげましょう」と、連絡をいただいて
連れていってもらったん(^^♪

仲多度郡まんのう町長尾西佐岡にある「長尾大隅守一族の墓」なん。
って、聞いても、私は凄さが分かってはないんやけど、
でも、ええとこ言うんやから、ええとこに違いない!とわわくわくしながら行ったんやあ

場所が、道から少し山手に入り込むから、ちょっと分かりにくいんやけどなと言いながら、
ついたら、「佐岡寺」っていうお寺があって、そこから歩いたん。
長尾大隅守一族の墓

このお寺は、創建以来真言宗寺院だったけど、
1207年に法然上人がこの地で教えを広めて以来
浄土宗寺院となったお寺で、境内には「法然上人御手植の松」と伝えられる老松が
立華の定法通りに仕立てられて、この地方の名所の一つになっとるらしいん。

「佐岡寺」から、「長尾大隅守一族の墓」に向かう途中に
神社もあったよー。
長尾大隅守一族の墓
神社からさらに抜けていく道は竹が生えてるん。
なんか、格好よかったけん、撮ってみたw
長尾大隅守一族の墓
周りが竹の道を抜けたら、じゃーーーん!
長尾大隅守一族の墓
うわーーーー
思わず、ぷらりんも私も声あげてしもたーー
こんなもんじゃないんです
って言われ、少し歩くと、そこにあった風景。
長尾大隅守一族の墓長尾大隅守一族の墓長尾大隅守一族の墓長尾大隅守一族の墓


五輪塔っていって、「長尾大隅守一族の墓」って言われてるん。

ほんでな、「長尾大隅守一族の墓」っていうんは、
室町幕府の3代将軍、足利義満を支えた管領・細川頼之(ほそかわよりゆき)から
丸亀平野南部の支配を任された長尾大隅守元(ながおおおすみのかみもと)高(たか)の
一族の墓らしいん。

ほんで、この「長尾大隈守」は、「西長尾城」を居城として、
1368年(室町時代・応安元年)から豊臣秀吉の四国平定まで、
8代にわたって、200年以上にわたってこの地方を支配した人で、
応仁の乱や畿内の戦いにも出陣したそうです。

さらに、五輪塔は、古い様式を残していて、貴重なものらしいよ
長尾大隅守一族の墓



それで、「西長尾城」は中世の城郭で、丸亀市の指定史跡
平成16年9月27日になっとるけん、歴史的に重要な史跡やから、
また行けたら紹介します!

この城跡は、城山にあって、かなり遠方まで見渡せるのと、
連郭式曲輪列や空堀っていう、多くの遺構が残されてるんやってー。

posted by まちぐる at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 取材日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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