2013年01月20日

崇徳上皇ゆかりの土地巡り中に讃岐国府跡発掘現場に遭遇!!

今日は崇徳上皇ゆかりの土地を巡ったん。

崇徳上皇は、権力の座を賭けた「保元の乱」の首謀者として、
讃岐国(香川県)に流され、この地で亡くなった悲劇の帝なん。
ほんで、百人一首にも選ばれるほどの和歌の才能を持ってた人らしいん。


まず向かったのは、坂出市府中町の「鼓岡神社 (つつみがおかじんじゃ)」
神社の入り口は道沿いにあったよ。


鼓岡神社


石段をあがって、ふと横を見ると何やら建物があったん。
「擬古堂 ( ぎこどう )」やって。
鼓岡神社 擬古堂鼓岡神社 擬古堂
大正2年、崇徳天皇750年大祭を行った時の記念建造物で、
木の丸殿を偲ぶために建立されたものやって。
崇徳上皇は、木の丸殿で歌を詠んだりしていたみたい。
もともとの、木の丸殿は丸太で作られたような、ほんと粗末なものやったんやって・・・


ここは、崇徳上皇が香川県に流された時、ここで6年間都からの便りを待ちながら過ごした場所なん。


あれって発掘調査しよんちゃうん?
ほんまや!写真撮る?
違うかもしれんけど、撮ってみたー。
讃岐国府跡発掘調査現場讃岐国府跡発掘調査現場


拝殿にお参り。
鼓岡神社鼓岡神社 拝殿鼓岡神社 拝殿鼓岡神社


石段の脇や、神社の敷地内にはいろんな石碑や塚があった。
鼓岡神社 「杜鵑(ホトトギス)塚」鼓岡神社鼓岡神社鼓岡神社


お堂もあったよー。
鼓岡神社 三尊堂鼓岡神社 三尊堂鼓岡神社 三尊堂


どんぐりも見つけたんや!
ぼうし、かぶったままやった(●^o^●)
鼓岡神社 どんぐり


神社の入り口付近に、こんな案内板があったけん見よったん。
ほんならな、どこかからやってきたおばちゃんに、突然声かけられたん。
府中町文化財案内板


発掘現場見に行くんな?
え?違います。発掘現場なんですか?
時間ないん?
いや、ないことはないけど・・
ちょっと説明してくれるけん、一緒にいこう
では、お願いします<(_ _)>
会話かみあわんなーって思いながら、おばちゃんについて行ったん。


私らが、神社からみたとこ(南東)がやっぱり発掘現場やったみたい!!
讃岐国府跡発掘調査現場
讃岐国府跡発掘現場


私、前も書いたかもしれんけど、歴史とか苦手なん。
でも、こういうんに行くんは好きなんや。
ぷらりんは、歴史大好きっ子やけん、ふと振り向いたら目をキラキラさせとった。


現場へいくと、こんな感じできれいに掘られとった。
讃岐国府跡発掘現場讃岐国府跡発掘現場
行ったら、責任者らしきお兄さんが、これまた目をキラキラさせて
一所懸命説明してくれるん。
やけど、私は出てくる単語1個1個の意味が分からず、??マークが頭の中飛びよるんや


ぷらりんが言うには、ここ一体が讃岐国府跡で、東西南北が200〜300メートルの正方形に近い敷地で
南側に門があって、そこから入ってきた正面にある一番重要な建物付近の説明をしてくれよったんや。
讃岐国府跡発掘現場讃岐国府跡発掘現場讃岐国府跡発掘現場


その建物の南北の壁の位置や、瓦屋根の軒の位置や建物の柱がおかれとった礎石の位置なんかを
説明してくれたんやってー。

これみてー、瓦が埋まってるーーー
ここらが軒の位置やったみたい。
讃岐国府跡発掘現場讃岐国府跡発掘現場


発掘現場の南側のおそらく16号線あたりが、都から国府をつなぐ官道(かんどう)、
今の国道みたいなものと推測されてるっていよった。


説明してくれたお兄さんの話にできてた「開法寺塔跡」の場所を
興奮冷めやらぬ私らに、おばちゃんが教えてくれたけん、お礼を言って歩いていったん。


開法寺は、白鳳時代から平安時代にかけてあったといわれてる古代寺院。
そこの塔があった場所なん。
国府も開法寺も立派な建物だったらしく、訪れた人は関心したのではと
お兄さんがいよった。
礎石がきれいに残っとったよー。
ここは、香川県指定史跡になっとるん。


開法寺塔跡開法寺塔跡


4番目に向かったのは、坂出市西庄町にある「白峰宮( しろみねぐう )・高照院天皇寺 ( こうしょういんてんのうじ ) 」
同じ境内に、神社とお寺があるん。
白峰宮は、崇徳上皇を祀っている神社で、光が輝いたことから、「あかりの宮」とも呼ばれているんやって。
高照院天皇寺は四国霊場79番札所で、崇徳上皇にゆかりのあるお寺なので天皇寺って言われるみたい。


白峰宮白峰宮


5番目に向かったのは「八十場( やそば )の清水」
ここは、1164(長寛2)年8月26日に崇徳上皇が鼓岡で崩御された際に
遺体の腐敗を防ぐために、古来より霊水と伝えられている清水に浸した場所だそうです。
八十場の清水八十場の清水八十場の清水


迷い迷った後、小さな看板を発見!
6番目は、坂出市林田町の「雲井御所跡( くもいごしょあと ) 」
新雲井橋の東詰を北に曲がったとこにあった。土地勘がないと分からん><


そういやこの頃から曇ってたのに晴れてきたんやーー。
瀬戸大橋が見えたけん、撮ってみた^^y
綾川と瀬戸大橋


ここは、崇徳上皇が讃岐に流された時に、まだ宿が準備できてなくて、ここを仮の住まいとしたんやって。
その時に詠んだ歌があるん。
「ここもまたあらぬ雲井となりにけり 雲行く月の影にまかせて」
この歌にちなんで、雲井御所と言われているみたい。


綾川の洪水などで、雲井御所の場所がわからなくなってたんやけど、
1835(天保6)年に高松藩主松平頼恕が、場所を推定してここに雲井御所之碑が建立されたん。
雲井御所跡雲井御所跡


敷地内には「中川観音堂」もあった。
中川観音堂


敷地は門と植木で囲まれてたけん、それを撮ろうと思って正面にまわったらな
蝋梅見つけたんやー。
ええ匂いやったよああ(*^_^*)
雲井御所跡雲井御所跡 蝋梅


7番目は坂出市高屋町の「高家( たかや )神社」


血の宮って石碑があるん!
何やろって思ったらな、ここは崇徳上皇の遺体を八十場の清水から白峰山に運ぶ途中に
棺を休めたことらしいん。
ちょうど雷雨があって、棺から血が滴り落ちたって言い伝えがあるけんやって。
高家神社 鳥居高家神社 鳥居高家神社


これな、ぷらりんが珍しい石燈籠やなーっていよった。
高家神社 石燈籠


拝殿にお参りしたよ。
高家神社 拝殿高家神社 拝殿

最後に向かったのは、坂出市青海町の「青海( おうみ )神社・西行の道」
ここは、崇徳上皇を荼毘(だび)に伏した時、その煙が都の方にたなびき、
この周辺にただよったけん、崇徳上皇を祀って作られた神社で、
別名「煙の宮」と呼ばれとるん。


神社に行くまでに大きな鳥居があって、ながーーーい参道があった。
脇には、桜の木があったよ。
春はきれいやろうなあーー
青海神社 鳥居青海神社 鳥居


ようやく境内につくと、2つ目の鳥居があったよ。
青海神社青海神社青海神社


狛犬さんに爪が生えてて、ちょっとびっくりした!!
青海神社 狛犬さん青海神社 狛犬さん


拝殿にお参り。
青海神社青海神社 拝殿青海神社 拝殿青海神社 拝殿


西行の道って、立派な門があったから、ちょっと散策。


西行の道


徳上皇が詠んだ歌碑があったよ。
西行の道西行の道西行の道西行の道西行の道


しばらく歩くと、また鳥居発見!
西行の道


この鳥居は岡山県から白峯寺参拝者のために旧林田港に建てられていたものを
市道白峰本線の新設に伴い当地に移転したものであるって書かれとった。


今日は少しやけど、崇徳上皇ゆかりの土地を巡って、
あちこちに、崇徳上皇の名前が刻まれていて、地元の人に慕われていたんやなーって思った。


まだまだ行けてないスポットがあるけん、第2弾も行けたらええなあ。

posted by まちぐる at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 取材日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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